
インドのオンラインゲーム市場は、スマートフォンの普及とモバイル通信料金の低下を追い風に、この数年で世界有数の規模へと成長した。インド商工会議所連盟(FICCI)と会計コンサルティングファームのアーンスト・アンド・ヤング(EY)が2024年3月に公表した推計によれば、2023年時点でインドのオンラインゲームユーザー数は4億5,000万人を超え、うち9,000万人以上が実際に課金しているという。市場調査会社モルドール・インテリジェンス(Mordor Intelligence)が2026年1月に発表したレポートでは、市場規模は2025年に43億8,000万ドル、2026年には50億2,000万ドルに達し、2031年までに98億9,000万ドル(年平均成長率14.55%)に拡大すると予測されている。しかし2025年、この急成長市場に大きな転機が訪れた。金銭を賭けて勝敗により利益を得る「リアルマネーゲーム(RMG)」を事実上禁止する新法が施行され、業界最大手を含む各社が収益モデルの抜本的な見直しを迫られているのだ。
4.5億人が使うモバイル主導の市場、けん引役はリアルマネーゲーム
インドのオンラインゲーム市場の特徴は、その圧倒的なモバイル依存度にある。ジェトロがNRIインディアへの委託調査で作成した資料によると、2025年のオンラインゲームユーザー9億5,200万人(延べ利用者数)のうち、86.1%にあたる8億6,100万人がスマートフォンなどの携帯電話でプレイしており、パソコンは6.1%、家庭用ゲーム機はわずか3.5%にとどまる。Mordor Intelligenceの分析でも、モバイルが2025年の市場全体の55.12%を占め、150米ドル未満のAndroid端末と低廉なデータ通信料金が新規ユーザー獲得の入り口となっていること、2024年単年でモバイルゲームのインストール数が84億5,000万件に達したことが示されている。
こうした市場を牽引してきたのが、入金し勝敗に応じて賞金を得られる「リアルマネーゲーム」だ。FICCIとEYの推計では、2023年時点でオンラインゲーム全体の収益の約86%をリアルマネーゲームが占めていたとされる。代表例が実在のスポーツ選手を起用して架空の対戦を行う「ファンタジースポーツ」で、インドでは1億5,000万人超が利用し、クリケットのインドプレミアリーグの公式パートナーも務めた最大手ドリーム・イレブン(Dream11)は単独で1億人以上のユーザーを抱えていた。デリー拠点のウィンゾ・ゲームズ(WinZO Games)も、3ルピー程度からの少額課金で気軽に遊べるモデルにより2025年4月時点で登録ユーザー数2億5,000万人を突破するなど、リアルマネーゲームを軸とした急成長が業界の共通パターンとなっていた。

出所:Mordor Intelligence「India Gaming – Market Share Analysis, Industry Trends & Statistics, Growth Forecasts (2026-2031)」(2026年1月発行)をもとに作成
突然の規制でリアルマネーゲームが禁止に、業界は収益モデルの再構築へ
2025年8月、インド連邦議会は「オンラインゲーム振興・規制法(Promotion and Regulation of Online Gaming Bill, 2025)」を可決し、同年10月1日付で施行した。同法はeスポーツやオンライン教育・娯楽ゲームの振興を掲げる一方、若年層のゲーム依存や金銭トラブルへの懸念からリアルマネーゲームを事実上禁止する内容となっている。この結果、Dream11やMPL(Mobile Premier League)はゲーム内からリアルマネー要素を排除したと報じられ(2025年8月21日付現地紙ミント)、ウィンゾ・ゲームズが提供していたカードゲーム「ラミー」のサービスも終了、Mordor Intelligenceによれば同分野の主要企業ナザラ・テクノロジーズ(Nazara Technologies)のリアルマネーゲーム関連収益は前年比でほぼ半減したという。
規制の影響度は各社のビジネスモデルによって濃淡が分かれた。ジェトロが業界大手2社に実施したヒアリング(2025年7月・11月)によれば、リアルマネーゲームへの依存度が高かったウィンゾ・ゲームズは事業と組織の大幅な見直しを迫られた一方、プネ拠点のジェットシンセシス(JetSynthesys)はもともとeスポーツやIP開発、音楽配信など多角的な事業構成だったため影響は軽微だったとしている。同社は日本のスクウェア・エニックス・ホールディングスと共同でインド向けゲーム「ルド・ゼニス(Ludo Zenith)」を開発した実績もあり、今後3〜5年はeスポーツ・ゲームIP・音楽事業を重点的に拡大し、日本のアニメ・マンガIPのインド展開とインドIPの海外展開を双方向で進める方針を示している。加えて、リアルマネーゲームには28%という高率のGST(物品サービス税)も課されており、規制強化とあわせて事業者の採算を圧迫する要因となっている。
州ごとに異なる規制、進出には現地動向の継続的な把握が不可欠
規制環境の複雑さは全国一律ではない点にも表れている。Mordor Intelligenceの分析では、タミル・ナードゥ州による深夜帯のオンラインゲーム禁止や、マハーラーシュトラ州が検討する特定タイトルの全面禁止案など、州ごとに異なる規制のパッチワーク状態が続いており、事業者には地域ごとのジオフェンス設定やAadhaar(インド版マイナンバー)認証の導入、司法管轄ごとの決済ロジックの調整といった対応コストがのしかかっている。一方で、5G契約数が2024年の2億7,000万件から2030年に9億8,000万件へ拡大すると見込まれる通信環境の進化はクラウドゲーム分野の成長を後押ししており、リライアンス・ジオの「Blacknut」のようにコンソールを持たずに済むサブスクリプション型サービスも登場している。規制強化の一方で、eスポーツ、IPライセンス、クラウド配信など非リアルマネー領域には新たな事業機会が生まれつつあると言える。
レポートのまとめ
インドのオンラインゲーム市場は、4.5億人超のユーザー基盤と年率14%台の成長率を背景に、世界有数の成長市場としての地位を固めつつある。ただし2025年のリアルマネーゲーム規制のように、政策転換が業界構造を一変させるリスクも同時に抱えており、規制は連邦・州の両レベルで異なり、施行までの猶予期間が短いケースもある。日本企業がインド進出や協業を検討する際は、市場規模だけでなく、提携候補企業のリアルマネーゲームへの依存度や、eスポーツ・IPライセンス・クラウド配信といった非RMG領域での事業機会を見極める視点が重要になる。ジェットシンセシスとスクウェア・エニックスの協業例のように、日本のIPやコンテンツ力を生かした提携の余地は引き続き大きい。
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